恋の歌




 つい昨日も顔を見たばかり。

 待っていれば食事のために勝手にやってくる。

 「待っている」の語感が嫌だと思った。来るものと高をくくっているのも、素っ気ないと言えば聞こえもい

い、実際のところは相手の気持ちに甘えているようで気に入らない。

 その故に剣心は今、大川を越えている。

 薫には断り、自分と左之助の分の夕食を携えていた。もっとも、暇に飽かせて遊び歩いている風来坊

があの狭い部屋に居ると限りはしないが、余ったなら余ったで片づけてくれる若者は左之助の住まいの

隣にも向かいにも居るのだ。

 半ば傾いた木戸を潜り、突き当たりの右側、丸に左の字の障子に手をかける。いつもの軽い逡巡が剣

心を捕らえて過ぎ去り、立て付けの悪い戸をきしませて開ける。

 板敷きの空間に、主は居ない。

 小さく息を吐(つ)いて、留守の部屋に上がり込んだ。日が暮れるまでには充分間がある。少々待って

みようなどと思いついていた。

 相変わらず寒々と何もない部屋の南の隅に座る。目に入るのは行灯が一基。小さな、その上殆ど空

に近い行李。欠けた湯飲みが二つ。そして剣心の傍らに、布団の一組。

 食事も人の世話になるような暮らしをしていて布団が揃っているのも妙な話だが、そもそも左之助には

なけなしの家財を質に入れてなにがしかの銭を得るような発想がないのだろう。

 喧嘩屋を名乗り羽振りのよかった頃から、この元々畳もないような場末の長屋に居るのだと誰かに聞

いた。稼いだ金は、友人を引き連れ飲んで騒いで打って、泡沫(あわ)のように使い散らしていたらし

い。

 左之助がこの地に根を下ろしきっていると誰もが他愛もなく思っているのが剣心には不思議だった。

 もともと流浪(なが)れ者としてこの街を訪れ、得体の知れなさ故にある日また不意に居なくなるので

はないかと周囲に案じられている自分などより、左之助の方がよほど何の執着もしがらみもなく、心のま

まに風の軽やかさで違う土地へ渡って行ってしまうだろう。

 眉をひそめていささか乱暴に剣心は傍らの布団へ突っ伏した。

 知らずにいた感情が萌(きざ)すのを感じる。随分以前に愛した女性さえ教えてくれなかったそれを、

たった一人流浪れつづけてさえ知ることの無かったそれを、二人になった今感じるのは馬鹿げている

気がする。

(淋しいの・・・淋しかったのよ)

 薫のように、こだわりなく口に出して言えるほどの強さは自分にはないと、剣心は思う。

 伏した布団に染みついた左之助の香が、かえって主の不在を印象づける。

 す、と嗅いだ。

 日向の乾いた草の匂い。

 清々しく、どこか甘い左之助の身体の匂い。

 ちり、と剣心の身体に火が熾る。

―――馬鹿な

 頬が上気する。自分自身の反応に剣心は慌てた。生まれつき、性欲は強い方ではない。むしろ淡泊

と言えるだろう。ましてつい三日前にも、左之助と枕を交わしたばかりだ。しかし理性と裏腹の身体の反

応は始源的であり根元的な情動であれば理屈など通じずに抗いがたく、息をつく間にもこの部屋に満

ちる左之助の匂いが剣心の官能を刺激する。

―――駄目・・・だ・・・こんな・・・

 左之助がいつ戻るか判らない。

「・・・あ・・・」

 思わず漏れる吐息に唇を噛んだ。剣心の華奢な指が、剣心自身を下帯の上から柔らかに握り込む。

 止められない。 

 触れた茎は熱を孕み、固く勃ち上がりつつある。

 剣心は戸惑っていた。

 かつて少年の頃、維新志士の中へ身を置いたせいで、自らを慰める術を知る前に女を知った。その

上、そもそもが性欲にあまり関心がない。十年流浪れ歩く間にも単にその必要を殆ど感じなかったせい

で、性的な行為とは無縁だった。

 つまり、手淫の経験がない。

 戸惑い、左之助の匂いに包まれながら、彼の指を思い出す。

 節の目立つ、喧嘩屋稼業で荒れた無骨な長い指。見かけによらぬ器用なそれは、いつでも剣心を

巧みに煽り立てていく。

 下帯の上からでは物足らず、その下へと剣心は己が指を直に差し入れた。違う意志を持つ生き物の

ように、触れた部分が震え、猛り出す。

「ふ・・ぁ・・・」

 切なげに眉根を寄せ、痺れるように疼く胸の蕾を空いている左の手で摘み上げた。食指の先で撫で、

爪を立てて押しつぶしてみる。同じように、固く柔らかな楔にも爪を立ててみた。瞬間、痛みと快楽が脳

の先まで突き抜ける。

「ん、ん・・・」

 右手で愛撫する先端からじゅくりと透明な蜜が溢れた。

―――左之が戻ってきたら、どうする?

 微かに残る理性の欠片が訴えるが、剣心は聞こえない振りをする。胸の、今にも咲きこぼれそうな蕾を

嬲っていた手を、そろそろと下肢へ下ろしていった。

 そこにもう一つの蕾があり、満たしてくれる熱を求めて蠢いている。自分の身体がそこまで左之助に抱

かれることに馴らされきっている事実に驚きを感じながらも、倒錯した劣情が足の先からはい上がった。

 汗ばむ項に頬に、流れ落ちる長い髪が纏わり張りつく。

「・・・っ・・・」

 先走りの滴を絡めて、息を吐きながらゆっくりと中の指を二番目の関節まで埋め込んだ。 

 初めて触れる自分の内部は熱く、肉が柔らかに締め付けてくる。まだ足りないと、そこは訴えかけてき

た。

 穿つ指を二本に増やす。左之助の愛し方を思いながら、指先で内壁を掻いてみた。

「ひ」

 自分自身の促した刺激に声を上げて仰け反った。唇が震える。

「左・・・之・・・」

 ここには居ない恋人の名を呼び、彼がそうしてくれるように二本の指を根本まで挿し入れた。

 右手に握り込んだ滾る楔を撫で上げ、擦りあげる。

─── なあ、いいか?

 嬉しそうに耳元で囁く熱い息が甦る。

 付け根まで挿れては抜き出し、その動作を繰り返しながら時に内側をかき回してみる。愉悦の海で耽

溺しながら、まだ足らないと剣心の身体は要求した。

 欲しいのは、左之助。

 左之助の熱、左之助の肌、左之助の唇、左之助の腕。

「ぁ・・・左之・・」

 顔を伏せた寝具から貪るように左之助の匂いを吸い込んだ。

 広がる緋(あけ)の髪が視界の端に映り込む。

 右手(めて)と左手(ゆんで)、どちらの動きも早く激しくなっていく。

 上半身を俯せたまま足を開いて腰を掲げた姿態は、わずかに乱れる着衣の下で猫科の動物を連想さ

せるしなやかな陰影を描き、そのまま一幅のあぶな絵だ。

「左・・之・・・左之・・左之・・・っ」

 荒い息で恋しい名を呼ぶ剣心の足指が握り込むように丸まり、何かに集中するように眉を寄せて閉じ

た目尻に熱の潤みが浮かんだ。 

 絶頂を拒否するように降り続ける頭(かぶり)の動きが止まる。

 右の手は自分の雄を、秘められた座は自分の左の手の指を、互いにきつく閉めあげる。

「・・・くっ・・・」

 大きく痙攣し、うめきを漏らした剣心の薄い掌を熱い蜜が濡らした。

「は・・・」

 息を吐(つ)いて崩折れる。

 そのまましばらく左之助の匂いの布団の上でぼんやりとしていたが、慌てたように体内から指を抜き出

し、懐紙で下肢と手を拭った。

 熱病にでも罹ったような自分の突然の痴態に、顔から火が出そうなほどの羞恥を覚える。

 後始末した懐紙を悪戯を隠蔽する子供の気持ちで惣後架へ捨て、懐から出した手拭いを手に井戸

端へ向かう。手を洗い、汲み上げた冷たい井戸水にたっぷりと浸して、殆ど絞りもせずに汗ばむ身体を

拭いた。

 見上げる空には、まだ昼の名残。こんな時間から何をしているのかとまた顔が熱くなった。まったく、左

之助が戻ってこなくてよかった。今日はもう帰ろうと心を決める。

「おう。どうしたい俺が恋しくなったか?」

 嬉しそうな声が飛んできたのはその時だった。

 見れば木戸を潜ってくる左之助が、間に九尺の間口の長屋を四軒挟んだ剣心の位置からさえ判るほ

ど、相好を崩して歩んでくる。いつもならば軽口の一つや二つは返すのだが、気恥ずかしさがあり、そ

っぽを向くと無言で襟足を拭き続けた。

「珍しいな、いっつも涼しそうな顔してやがるくせによ」

 井戸で体を拭いているのを、左之助は涼をとっていると勘違いしたらしい。そう思っているのならその

方が剣心には有り難い。もっとも、上気した顔も情欲で潤んだ瞳も、ごく常識的に受け

止めればこのきつい暑さのせいと思うに決まっていた。

「たまにはな」

 素っ気なく言って、手拭いをもう一度絞ろうと身をかがめる。

「・・・・剣心」

 途端に、左之助の微かな驚きを含んだ声が降ってきた。何故とはなしに嫌な予感で顔を上げる。ひど

く楽しそうな若い顔がそこにあった。

「・・・なんでござる?」

 すぐには答えず、左之助は唇の片端だけで悪戯っぽく笑う。一瞬まさかとも思ったが、覗き見てでも居

ない限り剣心の先程のあられもない姿を知るはずはない。考えすぎだろうと、続きを促すように左之助を

見つめる。しかし、左之助の口から発せられた言葉は剣心を慌てさせるに充分だった。

「お前ぇ、一人で悪さしてたろ」

 だが、狼狽を顔に出すほど一筋縄ではない。

「悪さ?なんのことでござる?」

 素知らぬ顔でそう言った。

 それに、左之助が突然袷の間に手を差し入れてきた。

「こら馬鹿っ、こんなところで何を・・・」

 これにはさすがに慌てて制止しかけたが、甲斐もなく左之助の指が剣心の胸で息づいている、紅く

熟れた情欲の飾りを摘んだ。

 ひどく感じやすくなっているそれに触れられて、思わず剣心は息を呑む。冷たい水に引きかけていた

頬の赤みがさらに浮き出した。

「ほら、な」

 左之助がにやりと笑った。

「お前ぇのここがこんなになってんなあ、いいことした後だけじゃねえか」

 固く勃ち上がっている蕾を、指先で撫であげてくる。あがりかける吐息をこらえるように唇を噛み、左之

助の強い腕を掴んだ。

「馬・・・鹿・・・左之・・・いい加減に・・・!」

 必死で押しとどめようとする眉があがる。さすがに本気で怒り始めたのを見てとり、恋人の機嫌を損ね

る前にと、左之助は剣心を肩に担ぎ上げた。

「こ、こら、左之っ?!」

 思いがけない行動に抗議する。

「一人じゃあつまんなかったろ。せっかくだ、二人で続きと洒落込もうぜ」

 広い肩の上で暴れてみるが、剛力(ごうりき)で名高い左之助がびくともするものではない。狭い戸口

を潜って、板敷きの床に降ろされる。その上に大きな体躯がのしかかってきた。

「左之、まだ昼・・・」

 最前から連呼される自分の名前を快く耳朶に響かせながら、左之助は抗議する唇を唇で塞ぐ。

 思いがけず、剣心が咽喉を鳴らして目を閉じた。

 日頃ならばこんなに容易く蕩けはしない。一人遊びの余韻なのだろうかと左之助が考えているなど思

いもせずに、剣心は素直に口腔内に入り込んでくる温かな舌を迎え入れた。噛みつくように接吻(くち

づ)け、混じり合う唾液を飲み干し、左之助の顎を伝う透明な滴を舐めあげ、剣心は鎖骨の位置から左

之助の滑らかな素肌へうっとりと掌を滑らせると彼の半纏を脱がしていく。

「すっかりその気じゃねえか。なんで一人遊びなんかしてやがった?」

 自分の素肌を晒していく剣心の手の動きに任せながら面白そうに囁いて、左之助が貝殻めいた白く

透ける剣心の耳殻を甘噛みした。

「してな・・・い・・・」

  糖蜜のような息で、強情に言い張る。

「ふん?構やしねえぜ、それでもよ。口でなんて言おうが、お前ぇの身体がしてたって言ってらあな」

 小さく笑って、左之助の唇が耳元から剣心の顎へ降りていく。殆ど目立たぬ喉の隆起に啄む口付け

を繰り返し、鎖骨のくぼみにしつこいほど舌を這わせながら、左手の食指と親指が花と咲いた剣心の右

の胸の蕾を弄んでいる。右手といえば、剣心の袴の紐を片手で巧みに解いていた。

 脱がせてしまった袴を後ろ手に抛り投げ、左之助が抱え上げた足をふくらはぎから掌で撫で上げてい

く。はだけた裾から這い上がってきた大きな手がはいりこみ、剣心はわずかに頤を持ち上げた。鋭角的

な線を描くその小さな頂点に、左之助が口づける。

 入り込んできた手に下帯の上からやんわりと握り込まれて、待ち焦がれていた悦びに剣心は喘ぎをあ

げた。

「気が早ぇな。下帯がすっかり濡れちまってら」

 笑いを含んだ声に剣心の全身が鮮やかな桜色に染まった。何を思ったのか、左之助の腕の中からも

がいて抜け出そうとする。

「おい・・剣心」

 難なく捕らえて引き戻し、再び左之助は自分の下へと小柄な身体を組み敷く。

「嬲るな・・・馬鹿」

 恨みがましい視線の、本人にそのつもりはないのだろうあまりに可愛げな言いぐさに、左之助の雄が

痛いほど刺激された。

「そいつぁ済まねえな」

 しかし、憎いほどに落ち着いている。剣心の下帯の中に入ってきた指先が、息づいている雄を羽毛で

撫でるように愛撫する。

「・・・ん・・う・・・」

 剣心がもどかしげに身を捩る。もっときつくと、言外にせがんで腰を浮かせた。気付かぬ振りの指にそ

の後ろの一組の果実を捉えられ、掌の中でこね回されて剣心はしがみついた。

「ずいぶんいいみてえだな、今日ぁ」

 頭(かぶり)を振るのはその言葉を否定してのことなのか、あるいは我を忘れ始めているのか。

 片ばさみの帯を解かれ、身体を包む褐色(かちいろ)の単衣を剥ぎ取られる。下帯まで解かれて完全

な裸身にされ、隅に畳んだ布団の上へ俯せられた。その人生故の傷だらけの身体に一際大きく新し

い、背中を斜めに分ける刀傷。腰の上から肩先まで走るそれがゆっくりと舐めあげられていく。

「ひあ・・・・」

 声を上げて、背を反らせた。生まれつきか、性的な刺激に敏感な剣心の身体のうちで、ことに背を責

められるのは弱い。

「ああ・・や・・・嫌・・・だ・・左之・・・左之・・・やめ・・・」

 身悶えて、思うさまに鳴く声を左之助が楽しむ。

 緩やかな放物線を描く背骨に沿って唇が滑り、その途切れる場所、ヒトのかつての野生の名残をとど

める場所から、秘められた泉のうちへ舌が分け入ってくる。常ならば抵抗を示す場所が、今日は素直に

開いて左之助の愛撫を受け入れた。

 「なんだ・・・お前ぇこっちもいじってやがったのか」

 面白そうな声が耳に届いて、剣心はたった今までの恍惚も忘れたような勢いで顔を上げた。かつてな

く顔を赤く染め、絶句して左之助を見つめる。

「・・・剣心?」

 その反応に驚いたのは左之助の方だ。

「か・・・帰る!」

 唐突に立ち上がり、丸められた単衣を抱えた。それを羽織りながら出ていこうとする。

「お、おい、けんし・・・待ちねえ、そんな格好(なり)で・・・」

 これも慌てて、左之助が追いかけた。危うく土間ですくい上げられ、狭い部屋の真ん中まで連れ戻

された。

「今更照れるような仲でもあるめえ」

 小さな顔をしっかりと掴まれて左之助の方を向かされ、額を押しつけるようにして言う。視線を伏せて、

剣心は無言のままだ。あまりの恥ずかしさで左之助を直視できない。

「まったく、じじいなんだかガキなんだか・・・」

 頬の十字傷に口づけられる。

「もう逃げんなよ」

 剣心は無言だが、左之助は構わぬ素振りだ。答えないのは承諾の意だと、承知しているのだろう。

 触れるだけの口付けが繰り返し下まで降りていきながら、羽織りかけていた単衣が再び脱がされた。

 腰を落として座った姿勢のまま、剣心は足を大きく開かされた。

「こんなになってて、どうやって帰ぇる気だった?」

 屈託なく笑うと、萎えもせずに濡れそぼっている朱鷺色のミりに唇を寄せ、そのまま口腔内に含んで

しまう。

「あ・・・」

 喘いだ剣心の指が、自分の足の間に伏せた左之助の剛い髪に絡んだ。ぴちゃりと濡れた音がして、

温かな粘膜が一番敏感な場所を這い回る。舐めあげられ、強く吸われ、指で刺激され、堪えに堪えて

いたものが解放を哀願しはじめた。

「左・・・之・・・」

 呼びかけだけで、剣心の要求を理解したはずだが、左之助は何を思ったのか身体を離してしまった。

「・・・左之?」

 訝しげに、再び呼びかける。

「一人でどうやった?やってみせねえ」

 戻ってきた言葉に目を瞠った。剣心の凝視にも、左之助は臆する気配はない。

「なあ」

 あまりに屈託ない笑顔で催促が来る。

「い、嫌だ・・・そんなこと・・・」

 必死で首を左右に振った。

「なあ、剣心」

 その声は強制しているわけではない。けれど剣心にとって左之助は呪縛であり、左之助の言葉は呪

言(まがごと)だ。

 唇を噛んで、おずおずと下肢へ手を伸ばしていく。

 猛る自身の先端に触れた。上下に、ゆっくりと扱く。左之助の視線に灼かれているような感覚に、全身

が火照っていく。

「それだけじゃねえだろ」

 楽しげな声に促されるように、腰を浮かして後ろへ右手を滑らせた。指には、自身の先走りを絡めてあ

る。中の指を、二番目の関節まで。羞恥に涙が零れそうだ。何故こんな、と思いながらも逆らえない、逆

らわない自分を知る。

「一本じゃ足りめえ」

 さらに、もう一本。左之助の手が開いた膝を掴んで固定してしまっている。閉じようとしてもびくともしな

い。堪えようとしても息が上がっていく。

「挿れとくだけじゃねえだろ」

 自分の指の抜き挿しをはじめる。挿れては引き抜き、時に中で蠢かし、左之助の愛撫を思い起こしな

がらの先程の行為を、左之助本人の前に曝す。

 剣心自身の先走りの滴りで潤した場所は、指が動く度濡れた音を立てた。自分で自分に与える刺激

に全身がびくびくと大きく痙攣し、細腰が揺れる。思わずあがりかける喘ぎを押し殺した。

「左・・之・・・もう・・・嫌・・だ・・・」

 左之助の視線から背け、長い髪に隠れた輪郭が震えている。身体が褪紅(あらぞめ)に染まって見え

るのは、差し込む夕日のせいか、それとも。

「そうだな・・・俺も見てるだけじゃあつまらねえ」 

 晧(しろ)い歯がこぼれた。剣心の手首が捕らえれ、指は体内から引き抜かれる。その刺激にさえ、

剣心の身体は反応を返した。

「後は俺がやってやらあ」

 落花の風情の腰を逞しい腕に支えられ、温もりにぼんやりとしていたところへ、無骨な指がいささか乱

暴に秘処へねじこまれた。

「!」

 猫の仔めいた目をさらに大きく見開き、剣心の背が大きく弧を描く。床についた両腕を精一杯突っ張

って倒れてしまわないように身体を支えているが、その腕も見た目に判るほど震えている。

 しかし。

「左・・之・・・・お前・・・・が・・・」

 涙の浮かぶ目をひたと据えて、剣心が絶え絶えに言った。

「あぁ?」

 剣心の下腹部へうつむけていた目を左之助が上げる。

「お前・・・が・・・欲し・・・指では・・嫌・・・だ・・・」

 左之助の頭と雄に一気に血が上った。

 いきなり身を起こすと剣心を押し倒し、もどかしげに袴を脱ぎ捨てる。下帯を解く時間さえ惜しげに、端

から自身を引き出すと剣心の入り口に先端をあてがった。

「お前ぇが悪い。おかげでこらえがきかなくなった」

 覆い被さるように耳元に囁き、馴らしもせずに一気に剣心を貫く。

「・・・っ・・・!」

 声にもならない悲鳴が剣心の喉をつく。

「ああ・・・っ・・・ひ・・・」

 今にも零れ落ちそうに張っていた涙が目尻を伝い、真実、身体を二つに裂かれてしまいそうな衝撃

に、左之助に爪を立ててしがみつく。悲鳴に近い悦びの声をあげ、左之助の突き上げる動きにあわせ

て剣心の腰が蠢いた。待ち望んでいた腕の中で待ち望んでいた熱に満たされ、正気も理性も定かで

はない。瞼の裏で白熱した光が点滅する。

 身体が浮いたと思う間に横向きに寝かされ、上になった左の足を担ぎあげられる動きと共に、左之助

がさらに深く分け入ってきた。いつの間にか束ねる布(きれ)が解(ほど)けて、長い髪が剣心の身体を

覆い隠すように汗で張りついている。

「邪魔くせえ・・・もっとよく見せねえな」

 襟足で乱暴に束ねて掴み、左之助が剣心の髪を後ろへ払いのけた。湿った音を立てて床の上に緋

の色が広がり、剣心の肌の白さが余計に艶めいた。

「左・・・之・・・・と・・」

 横にされた身体を無理矢理に向けて、切なげな眼差しが左之助に語りかける。

「ん・・・?」

 耳を寄せるとしなやか腕に抱き寄せられ、甘い息が吹き込まれた。

「も・・・っと・・・奥まで・・もっと・・・可愛がって・・・くれ・・」

 左之助の全身の血が、音を立てて逆流する。

 返答するまでもない。

 激情は焦燥めいて、常にない乱暴さで左之助は剣心のさらに深くへ身を沈める。

「あ、くっ」

 自ら望んだ痛みと紙一重の喜悦に、剣心が歯を食いしばった。

 奥の奥、深い底をかき回され、嬌声をあげるよりむしろ声を呑み、剣心は快楽に侵されていく。 

「お前ぇがさせてんだ・・・なんだって今日ぁ・・・・」

 左之助の言葉もそれ以上は続かない。

 剣心の陶酔に呑み込まれるように、愛を交わす行為に没頭していく。

 左之助の動きにあわせて濡れた音が空間に響き、絡み合う指先、密着した肌、繋がった場所から一

つに融けいくような錯覚に陥る。

 いっそ、融けてしまえるなら。

 わななく手で左之助の首にしがみついた。

 左之助の手が常のように強く抱き返してくる。

 骨の軋みそうな痛みが互いに快かった。

 その痛みが、相手が自分を求めてくれる強さなのならば。

 苦痛を堪えるのと同じ表情に顔を歪ませて肉の恋に溺れる剣心が、ひそめた眉の下の目を開けた。

指先をそっと左之助の頬に添える。

「左之・・・判る・・・か・・・?今・・・お前と俺は・・・同じことを・・・感じてるんだ・・・」

 辛そうな息の下で微笑を浮かべる。

「ああ・・・判るぜ。お前ぇは俺を・・・気持ちよくしてくれて・・俺ぁお前ぇを・・・気持ちよくしてやってん

だ・・・・。おんなじことして、おんなじこと感じてんだ・・・そうだよな?」

 満足げに剣心は目を閉じる。

「左、之」

 名を呼んでもう一度左之助の首に腕を回す。

 応えるように追い上げてくる左之助の動きが、一段と早く激しくなる。

 切れ切れにあげていた剣心の喘ぎが一つの具象となった。

「左・・之・・・左之・・左之・・左之・・・」

 もう、絶頂が間近い。

「おう・・・。ちっとばかし・・・我慢だぜ」

 きつく左之助の肌へ剣心の爪が食いこむ。

「つっ」

 顔をしかめた。爪を立てられた皮膚が破けて血が滲み、小さな傷口に汗がしみる。しかし剣心のつけ

た傷なら、それもまた趣があろうというものだ。

 そして左之助も、今まで愛していた剣心の茎に爪を立てて達する瞬間を外させる。

 小さな悲鳴を上げて仰け反った剣心の、左之助を咥えこんだ部分が痛みに反応してわずかにきつく

なり、続けて今度こそ快楽の波を解放させられてきりきりと締め上げてきた。

「くっ・・・」

 眉を寄せ、呻いてた之助が剣心の中へと精を吐き出す。

「ああっ・・」

 自らは外へと放ちながら体内を迸る熱に満たされて、剣心が涙混じりの歓喜を告げた。

 刹那交じりあい離れていく二つの潮流が、同じ恋の歌を奏でている。

 汗にまみれた身体を抱き合ったまま板敷きの床に投げ出し、二人はしばらく動かない。

「左之・・・重い、よ」

 笑みを含んだ声と共に、繊細な指が左之助の夜色の髪を柔らかに撫で上げた。

 左之助の見つめ返してくる瞳が、充足を示して和んでいる。

「そうかよ。なら、これでいいな」

 未だ繋がったままいとも容易(たやす)く体勢を入れ替えられ、剣心の軽い身体が左之助の上に乗っ

た。驚きに、小鳥のように盛んに瞬する剣心から流れ落ちる長い髪が二人を包み込む。

「なあ、続きしようぜ」

 接吻(くちづけ)て、左之助が息の交じる場所で囁いた。

「そうでござるな・・・腹ごしらえをしたら、な」

 小さく笑った剣心の指さす先に、二人分の夕食を詰めて抱えてきた重箱がある。

「このまんま食わねえか?」

 屈託のない笑みを浮かべて、左之助が馬鹿を言い出した。

 体勢を崩さずに体を起こし、胡座をかいた膝の上に向かい合わせで剣心を抱く形になる。

「ごめんでござるよ。腰が座らぬ」

 するりと立ち上がってようやく身を二つにした。今まで左之助を納めていた場所と左之助自身の間に

体液が細い糸をひく。剣心の腿の間を、溢れだした蜜が濡らしていく。

「ちゃんと身体も拭いて、上も羽織って、夕餉はそれからでござる」

 ろくに濯ぎもせずに重箱に伸びてきた手の甲を剣心が軽く打った。

「なんでえ、どうせまた脱ぐんだ構やしねじゃねえか」

 拗ねたように唇を突きだした左之助が抗議する。

 立ち上がった剣心が上半身を屈め、いつにもまして艶めいた顔を鼻先がつく程近づけてきた。

「まったく・・・夜は長いのに、焦る必要はないでござろう?」

 笑う息が顔にかかり、左之助は呆然と見惚れる。

「ったく、ほんにお前ぇどうかしてるぜ、今日ぁ」

「ふん?お気に召さぬなら帰ろうか?」

 片方の眉を高く上げた恋人に、揶揄(からか)う口振りで楽しげな剣心は抱き寄せられた。

「・・・気に入らねえわけ、あるかよ」

 言い返そうとした唇が再び塞がれ、これから供されるはずだった食事と着るはずだった小袖が、左之

助の長い手に隅へ押しやられる。

「こら・・・腹ごしらえをしてからと・・・」

 抗議が建前なのは、百も承知の顔だ。

「もう一遍してよ、もうちょいと腹ぁ空かせてからな」

 くすくすと小娘のように笑う唇への飽きぬ接吻(くちづけ)がまた始まり、二組の腕が二つの身体を一

つに結んでいく。

 月の銀が、動物の仔のように無邪気に睦み合う恋人達を柔らかに照らし出していた。






了 
'00.08.21./08.23.(加筆)

 
     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送