桜吹雪の舞う夜は





 血が騒ぐ、とまではならずとも。

 準備運動ぐらいにはなる。

 冷ややかな夜風、脈動する肌に心地よく・・・

 「おらッ、かかって来いやァ!」

 叫び、矢継ぎ早に拳を繰り出す男の表情は嬉々として。

 両眼の黒曜石、美しくも凄絶に映える。

 無理もない。

 久しぶりの「多勢に無勢」なのだ、心が踊らぬほうがどうかしている。

 「でぇい!」

 掛け声も勇ましく短刀掲げ、斬り込んでくる破落戸(ごろつき)を拳一閃、空を裂けばたちまち、

 土煙の中にてのたうちまわる。

 血飛沫、呻こうとももはや、男の目には映っていない。

 「弱すぎンだよ、てめぇらッ」 

 眼が、太陽のようにギラギラと光っている。否、獲物を狙う野犬のように、飢えた輝きで破落戸

 達を睨めつけている。

 彼はあまつさえ、薄笑いを浮かべながら軽快に身体をさばき、額のはちまきを翻らせる。

 はちまき翻る、その末に。

 白地に染め抜かれた惡、一文字。

 降りかかる赤い飛沫に身を染めて、それでもなお不敵に見えてしまう。

 つま先が地を、蹴るたびに。

 力強く、踏みしめるたびに。

 身体を捻るたびに、腕を振り上げるたびに。

 行く手には、聞き苦しい嗚咽や叫声が響き、無味やたらと肉の塊が築かれていく。

 惨憺たる、地獄絵図が出来上がっていく。

 「へへ、馬鹿な奴等だぜ。こんな満月の夜に押し込みを働くなんざ、素人のするこった」

 唇を奇妙に歪め、瞳を見開いた形相は、月明かりの下にて克明な影を刻む。

 取り囲んでいた破落戸達は、一種の脅威を抱いた。それぞれに得意とする得物を握り締めて

 いるはずなのに、丸腰であるはずの男に対し、夥しい恐怖を覚えたのだ。

 こんなことがあって、いいのか?

 それぞれの胸の内、自問自答を始めたその矢先。

 「おーい、剣心っ。そっちはどうでェ?」

 勢い変わらぬ拳を突き出しながら、まるであくびをするような物言いで男、少し離れたところで

 同様に立ち回っている相棒へと言葉を投げた。

 が、返答はない。

 返答はなかったが、聞こえているだろう。

 妙に確信して、男は小さくほくそ笑む。

 ・・・相変わらず、隙のねェ動きをしやがる。


 男とは思えぬ小柄な肉体、陽の光のように細い赤毛。

 腕を伸ばして捕らえようものなら、儚く散ってしまいそうなほど華奢な印象を、この男はことごとく

 打ち破ってしまう。

 一度、刀を握ってしまえば鬼神の如く。

 外見のみを見て近づけば、火傷以上の損害は免れない。

 魂すら・・・呑まれる。

 「ま・・・それが、剣心なんだがな」

 相手が破落戸であっても、この男は決して容赦しない。

 ・・・現実的には甘言ばかり、やさしい言葉を選んではいるが、それは言い換えれば「自分で決

 断しろ」と無言のうちに言っているのである。

 助言はするが、決断は己自身で。

 決して、明確な答えは指し示さない。

 それは、彼の「剣」にもそのまま反映している。

 命を奪うことはないが、受ける痛みや傷は、己(おの)が犯した罪、そのものだと暗黙のうちに

 痛烈に咆哮(ほうこう)しているのだ。

 「罪」という名の業の深さを誰よりも知っている。

 知っているがゆえに、胸の中では激しく怒り、憤り、悲しみがある。

 剣の凄まじさに眩んでそれらは見えにくいが・・・

 男は・・・相楽左之助は相棒たる男、緋村剣心の心情を誰よりも理解しているつもりでいる。もっ

 とも、彼が自分のことを「相棒」と思っているかどうかは定かではないが。

 破落戸を相手にしながらも、左之助の目は自然、剣心の姿を追う。

 闇の中を淡く照らす月明かりは、凄惨さを思わせるはずの乱闘を夢幻のような儚さを添える。

 その中心にいる赤毛の優男は、眉尻一つ動かすことなく、唇をわずかも開くことなく、無言で刃

 を・・・逆刃刀をふるっていた。

 世が世なら、彼のふるう剣は紛うことなき殺人剣。足元で悶えている破落戸など、無用の苦し

 みを味わうことなくあの世へ逝けただろう。

 だが、今はそれすら許されない。

 むしろ・・・

 「今のほうが酷だよな。けど・・・」

 あいつがくれる苦しみならば、どんな苦しみでも嬉々として受け入れよう・・・

 自ら導き出した回答に、思わず苦笑をこぼした時だった。

 赤毛が、空の中に・・・月の中にいた。

 逆刃刀、水中の魚のように煌き。

 小さな身体が真っ逆さま・・・垂直に落ちていく。

 狙い定めた、鷹のように。

 それはまさしく、流麗なる・・・

 「・・・たまんねぇな・・・」

 男の呟き、夜風に消えた途端、 無数の叫声が闇の虚空へと吸い込まれた。

 ・・・訪れた静寂に・・・

 どこからか桜の花びら、ひらり。

 

 

 真なる闇に浮く、丸い大きな白銀の鏡。

 淡い光は母の穏やかな微笑の如く、眼下に広がる世界を包む。

 白銀の光へ舞い込む、一陣の風。

 軽やかに舞う、しなやかな風の精霊が見える。

 無数の花びらを身に纏う姿が、見える。

 優雅に、だが・・・どこはかとなく・・・花びらは舞いあがる。 

 柔らかな指先のようにゆるやかに闇夜を踊り、やがて一人の男へ・・・左之助の胸乳を掠める。

 「お、風流だねェ。見事な桜吹雪だ」

 単調に進めていた歩を止めて、左之助は幾分、うれしそうに両手を広げて空を仰いだ。

 天下の往来、左右は絢爛な桜並木。頭上では枝々を無尽に広げ、天空を一色に染め抜いて

 いた。

 日中ともなれば花見見物、夜ともなれば夜桜見物で人々はひしめきあう。

 されど。

 刻限も丑三つ時を過ぎればさすがに人の姿など皆無。

 夜を飾る月さえも、光だけが届くのみでその姿、拝めることが叶わない。

 時折、花冷えがするほどの風が吹き抜けるのみで・・・

 薄闇の中、行灯よりもか細い明かりのように浮かび上がる桜並木はいっそ、美しいというよりも妖

 艶。

 何やら、幹やら枝やらに潜む闇が妖怪が、這い出してきそうな。

 そんな、不可思議な雰囲気が漂っている。

 吹き渡る風に舞いあがる、桜吹雪。

 月光にざわめく桜の姿に、左之助の胸は妖しく揺らぐ。

 桜達が何かしら、囁いているようで・・・

 「なぁ、剣心。おめぇも見事だと思わねぇか?」

 はちまきを靡かせ、左之助は自分の数歩前を行く優男へ声をかける。

 優男・・・剣心は、夕日に透ける茜色のような髪を流し、わずかに背後を顧みた。

 「あぁ・・・まったくでござるな」

 言葉に応じながら、剣心もまた、上空を見上げた。

 風はゆるやかに・・・だが止まることもなく吹き渡る。

 ・・・そのたびに・・・

 剣心の髪が、音もなく溶け込んでいく。

 琴の旋律のように、風の中を漂っていく。

 臙脂色の袂が、袴の裾が、

 やや眺めの睫すらも・・・

 「桜、か・・・」

 呟く唇が妙に・・・

 「剣、心・・・」

 胸の、忽然と湧き上がってきた想いの塊に、左之助の唇は彼の名を吐露していた。

 ほんの一滴、こぼれ出た感情の欠片に、桜を映していた剣心の目が、左之助を映し出す。

 「呼んだか? 左之」

 「あ? いや・・・今日は本当、ついてるなと思ってよ」

 「ついてる?」

 「さっきの騒ぎでぇ。いい儲けになったと思わねぇか?」

 「左之・・・」

 苦笑を滲ませた剣心に、左之助は得意満面の笑みで返す。

 「いい風が吹きやがる・・・火照った身体が冷めちまわぁ」

 酒で言うなれば、ほろ酔い加減の頃合になって乱闘は終止符を打った。

 左之助から言わせれば、少々物足りなさの残る「喧嘩」。

 温もりかけていた身体が、風の中へと奪われることが名残惜しい。

 「なぁ、剣心。もっと歯ごたえのある奴だと良かったよなぁ」

 「これこれ、左之。不謹慎なことを言うものではござらぬよ」

 はにかんだ笑みを浮かべ、彼を嗜めた剣心はだが、まんざらでもないようだ。

 「でもよ、まさか押し込みを働く連中と出くわしちまうとは・・・」

 左之助、さも可笑しそうに唇を歪めてひとしきり笑いこげる。

 剣心もまた、つられるようにして笑った。

 左之助と剣心は、ともに連れ立って居酒屋にて時を過ごしていたのだが、ついつい飲み過ぎ

 てしまった。

 互いにほろ酔い気分で帰り道を急いでいると、なんたる偶然、これから押し込みを働こうとする

 盗賊の一団と出くわしてしまったのである。

 襲撃されるはずであった、その界隈でも有名な老舗の反物屋・荒木屋。自分達の店の前が何

 やら騒がしくなったものだから丁稚が一人、外へ出てきた。

 夜風に吹きすさぶ往来に、あってはならぬ光景、乱闘騒ぎ。

 目にも止まらぬ速さで銀色のものがあちらこちらで閃いている。

 気が動転した丁稚はすぐさま、主人を叩き起こした。

 丁稚のただならぬ形相に何かを悟った主人、彼とともに外の様子を見て腰を抜かしかけた。

 が、荒木屋の主人は乱闘騒ぎに驚きはしたものの、事の顛末の一端に自分の店が関わってい

 たことを知ると、たいそう感激して見せた。

 主人は左之助と剣心に深々と頭を下げ、夜が明けてから改めて伺うと言ったのである。

 ・・・無論、丁稚が警察を呼びに行ったことは言うまでもない。

 即ち・・・

 「これで、嬢ちゃんも喜ぶってもンよ。たまには、飲み過ごすのもいいもんだよな」

 「左之・・・」

 あくまでも前向きな左之助に、剣心はただただ、苦笑をこぼすのみ。

 「それによ、おめぇとこうして夜桜を見られたしなぁ! 言うことねぇや」

 「・・・そうだな」

 瞳一面に広がる、満開の桜。

 己が両腕を限りなく広げ、咲かせた花を風へと委ね。

 花びら、舞わせる。

 赤い・・・紅い・・・

 ・・・紅いッ。

 音もなく、気配もなくそれは、剣心へと降ってくる。

 花びらの一枚、一枚を。

 その一枚は、皆・・・

 ひらり、ひらり・・・

 「剣心・・・?」

 ふと、それまで剣心を見つめていた左之助、妙な胸騒ぎを覚えた。

 理屈ではなく、直感で。

 「桜・・・あふれるほどの・・・」

 剣心は呟きながらも、仰ぎ見たまま微動だにしない。

 紅い・・・紅い、無数の花びら。

 見覚えのある色。

 ・・・決して、忘れることなどありえない。

 生涯、忘れてはならぬ色。

 この色は、魂の根元にまで深く染み込んだ、「業」。

 「・・・散りゆく速さはそれぞれなれど・・・所詮、行き着くところは皆、同じ・・・」

 「剣心・・・?」

 「花びらも人も・・・さほど、変わりはないなと思ってな」

 寂しげに笑ったその言葉が、一瞬左之助の視力を奪った。

 不意に足下、ぽっかりと穴が空いたように心、墜落していく。

 左之助の心情を知る由もない剣心は、徒然に言葉を続けていた。

 「無数の花びら・・・散りゆく花びら・・・この花びらと同じくらい、拙者は人を殺めてきた。背中に

 広がる花びらの数は、拙者が奪ってきた命の数・・・」

 顧みれば、土など見えぬくらい、足跡などわからぬほど埋め尽くされた花びらの広間。

 花びらの道。

 そして・・・

 「今、目の前に広がっているこの花びらすらも、おそらくこの未来に拙者が関わっていかねば

 ならぬ命の数・・・殺めてきた数と同等、いや、それ以上の・・・そうは思わぬか、左之」 

 剣心は傍らの長身の男へ視線を投げた。

 が・・・

 「左之・・・?」

 男は答えない。

 じっと、唇を固く結んだまま剣心を見つめている。

 瞳が・・・

 剣心は、ハッと息を飲んだ。

 息を飲んで・・・クスっ、笑う。

 「すまぬ・・・左之」

 「・・・馬鹿野郎。冗談にも程があるぜ、剣心」

 普段の、先ほどまでの声と打って変わり。

 屈託なく笑っていたはずの面差しが、苦渋を一面に刷いて。

 瞳が刹那的に潤んだ。

 「馬鹿なこと、考えるんじゃねぇッ。おめぇはいつもそうやって自分を追いつめやがるッ」

 「さ・・・」

 目の前が真っ暗になった。

 予告なく訪れた闇に一瞬怯え、呼吸もままならなくなり、喘ぐように、悶えるように・・・

 とにかく、視界を確保する。

 「あ・・・」

 眼前に、左之助の胸があった。

 驚きを隠せぬわずかな隙、彼の唇は左之助の唇と重なって。

 「ン・・・」

 たちまち訪れた、甘美なる味わい。

 唇の奥へと入り込んできた左之助の一部に、剣心は眉根を寄せつつも抗うことなく、受け入れ

 る。

 「んぅ・・・」

 左之助の唇は、鉄瓶のように火照っていた。

 蒸気をも噴き出しそうな気配の唇に、剣心はただ呆然と・・・無意識のままに唇を絡ませ、腕を

 絡ませ・・・

 桜花、乱れるその下で。

 二つの身体は互いの存在を確かめるように、手のひらを這わせた。

 剣心の身体が、いつになく小さく感じられる。

 どうして・・・?

 不安に駆られてなおも、強く彼を抱きしめてみる。

 唇を、深く埋め込んでみる。

 それでも・・・

 届かない・・・届いてないっ?

 俺の、この想いが・・・!

 ・・・唇が離れると、眼下にある両眼が、少しく困惑したように左之助を見つめていた。

 「すまぬ・・・怒ったでござるか」

 「怒るに決まってんだろッ」

 左之助の、瞳に宿った青白い焔がますます猛る。剣心は、彼の焔を臆することなく見据えなが

 ら、やや韜晦(とうかい)させた微笑みを浮かべた。

 「桜はな・・・拙者に良くも悪くも、様々な思いを抱かせてしまうのでござる。だから・・・拙者は、

 桜はあまり、好きではござらぬ・・・」

 「剣心・・・」

 「今の、拙者はひどく・・・」

 言葉が、濁った。

 何かを・・・ためらっている。

 左之助はじっと、剣心の言葉を待った。 薄い唇がわななき、何かを振り絞ろうとするその動き

 を確認しながら、剣心の紡ぐであろう言葉を、じっと。

 じっと・・・

 「・・・今の拙者は、ひどく・・・ひどく、孤独が、恐ろしい・・・」

 嗚咽をこぼす幼子よろしく、剣心はたどたどしく言葉を羅列した。

 左之助の腕の中で。

 はにかんだように、しかし苦しそうに。唇を噛んでそっと、自らを抱く。

 画然、左之助の奥で何かが咆哮した。

 何だと、いうのか。

 身体の中枢から、いわれなき怒り、清水の如く滾々と沸き出してきた。

 猛烈な勢いで、つま先から髪の毛に至る、身体の隅々まで・・・

 ・・・拳が、小刻みに震えた。

 どうして怒りが込み上げてくるのかわからない。

 理由など、ない。理由などないが・・・

 こんな理不尽なことは、初めてだっ。

 「この・・・っ、剣心!」

 右手が伸びて左之助、剣心の胸元を掴み上げた。剣心のつま先がわずかに地を掠め、身体

 のほとんどが花びらの舞う空間へと浮かび。 

 不得要領な顔つきの彼に、左之助は鼻先すれすれまで顔を寄せ、がなった。

 「この花びらが、おめぇが関わっていかなけりゃならねぇ命だとッ? 馬鹿も休み休み言えって

 んだ!」

 「左之・・・?」

 「たとえそうであってもな、これだけは忘れんな! てめぇは独りじゃねぇ、『剣心組』ってぇ仲間

 がいるだろっ! 何が起こっても、おめぇを独りじゃ、どこにも行かせねぇからなッ」

 「左・・・」 

 「断ったって俺達ぁ、おめぇを独りじゃ行かせない、絶対になっ」

 彼の感情の高ぶりは、これまで何度も見てきたはずだった。

 が、今宵ほどこの男が恐ろしく・・・頼もしく思えたことはない。

 両眼が、拳をふるう時以上に不気味に輝いていた。

 胸元を掴んでいる拳が、異常なまでに震えている。

 目の前にいるのは。

 怒髪天を衝く、激情の岩石だった。

 如何なるものも受け付けぬ。

 如何なるものも寄せ付けぬ。

 心荒ぶる御霊の結晶、屈することを知らぬ、猛虎。

 剣心は彼の眼差しを見つめながら、その後方にいる桜を見つめた。

 ・・・視界に入る色は、二つとも同じもの。

 桜と・・・

 左之助の瞳。

 これほどまでの烈たる色を、未だかつて見たことがない。

 剣心は、桜とともに靡くはちまきを見ながら、薄く微笑んだ。

 「もう、馬鹿なことは言うな、考えるなッ。さもなきゃ今度はぶっ飛ばしてやるからなッ」

 「・・・あぁ・・・すまなかった。拙者には『剣心組』という仲間がいる・・・素晴らしい、仲間が・・・」

 「当たり前だ! 誰がおめぇを独りになんか・・・孤独になんかするもんかッ」

 剣心は、ゆるく口もとを歪めた。

 伝わる・・・感じる・・・左之助の、怒りが。

 得も言われぬ憤り、理由なき悲哀。

 それらはすべて、自分に対する想いからあふれ出てきたもの・・・

 剣心はそっと、己の胸へと手を寄せる。

 ・・・満ちあふれてくるこの想いは、何だろう。

 心地よくも・・・激しい、何か。

 「左之・・・」

 「わかったか? わかったんなら、それでいい」

 「ん・・・」

 剣心のつま先が地面の感触を求め・・・得られた、その後でも。

 彼は、左之助から視線が離せなかった。

 見つめる瞳、穏やかなる。

 もっと・・・その眼差しに触れていたい。

 触れていなければ、何だか・・・

 「左之・・・っ」

 ・・・ひらり。

 「!」

 感触すらないその存在に、剣心は突如、心の底から恐怖した。

 心で何を考えていようとも、映していようとも、音のないそれは、必ず見ている。

 見抜いている。

 ひらひら、ゆらゆらと辺りを漂いながら・・・

 拙者を、見ている。

 どれだけ、左之助のことだけを考えようとしても、

 彼だけを見つめようとしても、

 何かがそれを、許さない。

 嘲笑うように・・・そこにいる。

 ・・・人斬り・・・

 「あ・・・」

 ・・・人斬りが、人を想うのか? 我等からすべてを奪っておいて、お前は・・・

 「あ・・・イヤ・・・」

 「・・・剣心・・・?」

 左之助の、腕の中であるにもかかわらず。

 剣心は面差しを伏せるなり再び、己が身を抱いた。

 我知らず、震えが起こる。

 ・・・お前だけが、そのような至福を抱いても、感じても良いと思っているのか?

 「い、イヤだ・・・」

 ・・・許されて良いはずがないッ。お前は、お前は我等からすべてを・・・ッ!

 人斬り・・・

 ・・・人斬りが、人斬りが・・・っ!

 「グ、うぅ・・・」 

 赤くほころんでいた唇が、絞るような苦痛を洩らした、時。

 ・・・ひらり。

 剣心は、それを忌々しげに振り払った。

 が・・・

 ひとひら、ひらり・・・髪の毛に・・・

 ひとひら、ひらり・・・項へ・・・

 ひとひら、ひらり・・・懐へ・・・

 ・・・ひらひら、ひらら・・・

 舞い込む、舞い込む。

 桜が・・・桜が。

 この身体を・・・小さな指先でっ。

 「嫌だぁ・・・っ」

 こみ上げてくる、こみ上げてくる。

 左之助に対する想い以上のものが、

 感情のうねりがせり上がってくる。

 心を浸食すべく、凌駕すべく、噴き出して・・・ 

 怖い・・・ッ!

 「・・・左之ッ!」

 両手が。

 吸い寄せられるように左之助の胸元へ。

 懐をくつろげ素肌へと触れていく、まさぐるように。

 肌が一寸、強張った。

 委細構わず、剣心は背中へと腕を絡ませていく・・・

 

 

 

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